大人のバレエ上達倶楽部

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バレエは原点探しの旅【前編】

こんにちは。大人のバレエ上達サポーター、きよかです。

以前プロフィールに、

「バレエとは人生全てが芸術であるということの形象化、証明である」

と感じています。

一人ひとりの人生、その一瞬一瞬が芸術的な

美しい積み重ねであり、それを享受出来るのがバレエです。

と書きました。

 

この考え方が

なぜ私が大人にバレエを教えるのか

ということでもあり、

また、私自身の人生との関わり方にも

深く影響を与えています。

 

バレエでつまずいた時

人生でつまずいた時

反対に幸福で満たされている時

 

自分の原点についての理解を深めながら

本質だと思えるものに辿り着くまでの

「バレエは原点探しの旅」

を2回に分けて紹介したいなと思います。

 

バレエは原点探しの旅【前編】

怖がりで、恥ずかしがりだった私は、

公園に行っても遊べないことを母に心配され

2歳の時にバレエ教室に連れて行かれました。

初めは全く自分の意志ではなく、

知らない場所で、知らないみんなと

レッスンするの恥ずかしいな…

と、なんか緊張するし気まずいのがバレエでした。

 

でも、言葉を使わずに自己表現できるバレエです。

内気すぎて、辞めたいとも言えず続けているうちに

その魅力に気付き、年に一度あった発表会では、

好きなように踊るのが嬉しくて仕方ありませんでした。

と言うのも、後に本格的で厳しい教室に移るまでは、

発表会とは、一年に一度だけ先生から注意されること無く

自分の自由に踊れる日だと思っていて、

あれだけ練習した、ターンアウトも、

腕や頭の使い方も、全部自分が好きなようにアレンジし、

かろうじて振りだけは何となく他の子達と合ってるような?

というレベルのものを発表していました。

バレエ的に見たら、一年で一番最悪のクオリティの踊りを

お客さんに披露していたわけです。

今考えたら、極度の恥ずかしがりの私が、

よくそんなこと出来たなぁと思うのですが、

それもこれも「言葉を使わずに自己表現する」という

私のエネルギーの原点と繋がっていたからです。

原点に繋がっている時は、

本当にただ、踊りで自己表現できること

を心から楽しんでいました。

 

それから6-7年そのバレエ教室に通いましたが、

発表会で全然上達していない私を見て、

9歳の時、母の提案で、

隣町にある本格的なバレエ教室に

移ることになりました。

 

そこでは最初、本当に悪戦苦闘しました。

バレエって目茶苦茶ややこしいルールがあって

それを守って踊らなければならない

ということを初めて知ったのも、この時です。

 

ここで苦戦したのは、

今まで私がやってきたことは、

全くバレエではなかったことに気付き、

「バレエ」で自分のエネルギーの原点である、

言葉を使わない自己表現をしたいのなら、

型にはまったバレエというものを、

まず習得しなければならないことにも気付いたからです。

つまり全て再構築しなければなりませんでした。

 

この教室に移って、原点との関わり方を再構築していくうちに

「バレエ」という芸術の果てしなさ、

のようなものを体感しました。

 

そして、発表会とは自分の好きなように踊る機会ではなく、

今までの練習の成果を出し、

お客さんに心を届ける場だとも理解しました。

 

以前、ウリヤーナ・ロパートキナが、

踊りに必要なのは、感情が50%、

踊る位置や体の角度などの細かい計算が50%。

感情的なだけでは、意図したことが

正しくお客さんに伝わらない。

と言っていましたが、まさしくこれに私は気付きました。

考えてみたら、ごく当たり前のことですが、

当時の私には、ものすごい感動的な発見でした。

 

この時期は進んだり後退したりを繰り返しながら、

バレエという果てしない大海原で航海を始めた感覚でした。

 

しかし、そんな大海原での航海、

だんだん雲行きが怪しくなっていきます。

 

私が9歳の時、父にがんが発覚し、治療していたのですが、

数年治療しても治る気配がなく、

母も父に付き添って、日本中の病院を回る生活になります。

その間、私は祖父母宅に預けられていて

たまに送られてくる母からの手紙を心待ちに過ごしていました。

誰が悪いわけでもありませんが、

その時は、子供心に強烈な寂しさと恐怖と共に過ごしていました。

 

それを紛らわすために今まで以上にバレエに打ち込みます。

これまでは自分の意志で学び、行動

「寂しい」「認めてほしい」

という強い欲求を軸に練習し、

厳しい先生に、たまに褒めてもらうことだけが励みでした。

そして本当に自分でも驚くほど、メキメキ上達しました。

すると、そんな先生からプロになることをすすめられ、

認めてもらえた、と本当に嬉しくて、

期待に応えようと更に一生懸命バレエに打ち込みました。

 

しかし私が13歳の時、最大の試練が訪れます。

 

その年の、もうすぐ夏休みが始まるかなという頃、

晩年をホスピスで過ごしていた父が亡くなりました。

平日の朝だったので、私は学校の授業中。

来るはずのない教頭先生が急に教室に入ってきて、

私は帰宅するように告げられました。

 

教頭先生の様子で、

あぁ、私を認めてくれる人が一人

この世から居なくなったなと悟りました。

 

その父のお通夜で、親戚のおじさんから

お饅頭を一つ勧められました。

 

これは私にとって、まさに禁断の果実でした。

今までプロのバレリーナを目指してきて

食事には相当気を遣っていましたが、

母も祖父母も、この時ばかりは止めません。

 

父が亡くなってから、お通夜まで

途方に暮れて、泣き明かしていた時、

そのお饅頭の砂糖パワーで、

束の間の幸福感を得ました。

 

幸福感とは裏腹に、

私の人生は意図しない方向に進んでいきます。

 

半年で一気に20kg近くも太ってしまったんです。

 

これで、今まで私を認めてくれていた

バレエ教室の先生は全く私を相手にしなくなりました。

 

この時期、私の原点である、

言葉のない自己表現の喜びは

彼方遠くに行ってしまい

周りに認めてもらうことだけが

エネルギー源だったので、

認めてもらえなくなった自分は

無価値な人間なんだと感じ、

私は道を失い、人生の闇の中にいました。

  

 

次回は、私に希望の光を与えてくれた

大人バレリーナに出会った話を紹介していきます!

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